考えすぎて行動できない人が陥る罠

考えすぎて行動できない

考えすぎて行動できない人が、
不調時に陥りがちな罠について解説します。

見過ごされがちな不調時のサインに
気づくキッカケとして
活用してもらえればと思います。

好調不調の基準

考えすぎて行動できない人の
好調、不調を分ける基準として
自分への根本的欲求と恐れのバランスを見ます。

まず、好調時は

好調時の特徴
  • 真実とされている事も、自分の頭で考えた上で判断する
  • 新しい解釈を見つけるのが得意
  • 経験を概念化して、本質的で応用が効くような知恵に変換する

というような、プラスの面が表に出てます。

これらは
有能でありたい、専門家でありたい
という自分への根本的な欲求に基づいています。

この欲求は実際に有能で専門家であるという
自信をくれるだけでなく、他者にも利益をもたらす理想的な状態です。

対して、不調時は自分への恐れが強く出ます。
自分への恐れは 

不調時の特徴
  • 無能な自分に直面することを恐れる
  • 他者に介入されて圧倒されることを恐れる

強みになる、有能で専門家たる自分への欲求も、
この恐れの結果生まれたと言える、
まさに表裏一体の関係です。

この不調時の特徴として、

専門家としてじゃないと、人と関わりたくなくなる

再び専門家になるための準備期間を必要とし
その期間は極力、人と関わらないようにする

など、
とにかく他人を介入させないようにします。

無能感を突きつけられる事を極端に恐れ、
専門家という役割がないと、
人と関われる自信がない状態です。

素の自分では他人と渡り合えないと思い込んでいます。

この状態では
人といるときに自分らしい感覚を保つのが難しく、
人付き合いで激しく消耗します。

そして安心できる自分だけの空間に
引きこもりがちになります。

まず認識してほしいのは、
これは状態だということです。

状態は必ず変化します。
変化するから状態と呼びます。

不調時の状態だけ見て、
これが自分自身であり、決して変われないと
思い込んでしまうのが1番危険です。

骨折した状態がずっと続かないように、
不調もずっと続きません。

欲求と恐れの原点

どうしてこのような欲求と恐れがあるのかを、見てみましょう。

その原点は、幼少期にあることがほとんどです。

考えすぎて行動できない人の幼少期は、
家庭内で安心ができなかった
というケースが多いです。

  • 親が安心できる存在ではない
  • 親が自分に否定的だった
  • 普通であってほしいと、普通の子供らしい事を強制された

などが挙げられます。

つまり、自分の純粋な興味や欲求が認められず、
ありのままの自分ではダメだと、
幼少期に刷り込まれた経験を持ちます。

安心できる場所であってほしい空間(家庭)が
安心できないと、頭の中が唯一安心できる空間になります。

恐らく、あなたは空想しがちな子供で、
自分がヒーローになる物語を妄想した
経験があるのではないでしょうか。

こうして、
頭の中だけが安全だという原体験が出来上がります。

だから
人に立ち入って欲しくないと考え、
自分と現実を切り離す事で
傷つく可能性を下げたり、
ストレスからの安全を求める訳です。

ありのままの自分ではダメだと刷り込まれているから、
専門家という役割、
つまり、その場所で自分しか分からない分野を持たないと、
人と関われないという認識になります。

不調時にやりがちな行動

それでは、考えすぎて行動できない人が
不調時にやりがちな行動を見ていきましょう。

普段は知的で温厚なのですが、
不調時には攻撃性を見せます。

  • 持論を人に押し付ける
  • 辛辣な意見で人を追い詰める
  • わざと自分を冷徹な人だと印象付ける

こういった行動が多いのではないでしょうか。

これらは全て、人から介入されたくない、
人を遠ざけたい、独りになりたいという
不調時のサインです。

元々賢く、論理的思考に長けていますから、議論で負けません。
理詰めで攻撃します。

特に、持論を否定されると
相手を、頭の中の安全まで奪う敵と認識し、
激しく反論します。

ただ、論理的思考に長けているが故に、
自分自身も騙してしまい、
不調時だと気付きにくくなります。

特徴としては、
好調時の論理的思考は、
要素から仮説を導き出したり、
その仮説を疑う事ができるのに対し、

不調時は、結論ありきです。
それも、結構な極論になりがちです。

その結論に正当性を持すために
必要な要素を探します。

思考プロセスが逆になるのです。

多くの場合は、ここまでで不調を脱します。
他人を一時的に遠ざけ、
安心できる自分だけの時間と空間にいる事で、
そのうち癒され、また好調に向かっていけるからです。

不調時の行動をしても
強い不安が消えないと、そのうち別の行動を取るようになります。

ここが罠と言っている部分になります。

不調時の罠

この罠は

罠の特徴
  • とにかく鈍感になろうとする
  • 刺激を追い求める
  • 凡人を見下す

の3つに分類できます。

とにかく鈍感になろうとする

そもそも考えすぎて行動できない人は
頭の回転が速く、集中力もあるので、
絶えず不安を体験してしまいます。

なので思考力を弱めたり、別のことに集中して不安から逃れます。

行動としては

  • 酒に溺れる
  • ゲームに没頭する

などです。

これは一般的にもある行動ですが、
限度と動機が違います。

酒に溺れる

思考力を弱めなければいけないので、
とにかくお酒の量が必要になり、
二日酔いになったとしても、関係ありません。
夜にはまた大量のお酒を欲します。

最悪の場合、アルコール依存症になってしまいます。

ゲームに没頭する

とにかく不安から気を逸らしたくて、
10時間でも20時間でも、ゲームなどに没頭します。

高い集中力があるので出来てしまうのですが、
実生活や体のケアが疎かになり、強い眼精疲労などで、体調面でも不調が続きます。

当然、体調が悪いと気分もすぐれず、
不安やストレスから解放されづらくなります。

刺激を追い求める


まるで別人のようにアクティブになります。

アウトドアなど健康的な趣味で
刺激を求めるのなら良いのですが、まずそうはなりません。

頭で身体の動かし方を理解しても、
自分の身体能力では上手くいく気がせず
無能感を味わうからです。

よって別の手段で、多くの場合、お酒を絡めてアクティブになります。
バーやスナックなど、客同士で交流できる場所だったり
もっとディープでダークなお店にハマります。
別人のような社交性を発揮し、交流を楽しみます。

そもそも観察が得意ですから、
相手を分析した上での、相手に合わせたコミュニケーションができるのです。

これ自体は全く悪いことではないのですが、
いずれ疲弊します。

根本的には人に介入されたくないと考えているので、
社交的な自分との間に常にストレスが存在するのです。

また、不調時は人からの期待に敏感です。
自分は期待に応えられないのではないか、
期待に応えられない自分は
無能なのではないかと考えてしまいます。

周りに植え付けたイメージ、明るく社交的な自分。
それを期待されるのすら、嫌になってしまうのです。

そして疲れ果て、回復するまで姿を消します。

凡人を見下す

不調時の特徴で、攻撃性が出ると
先ほど言いましたが、それが更に強く表に出ます。

他人を遠ざけるための防衛手段であったはずの、
議論をわざわざ仕掛けるようになります。

積極的に持論を話し、相手を試します。

相手の反応が満足できるものでなかったり、
持論への否定があった場合、
その人間を凡人、あるいはバカと決めつけて見下します。

その持論は多くの場合極論ですので、
共感できる人間は少ないです。

自分の持論を理解できる、限られた有能な人間と、
大多数の凡人という図式が、自分の中で出来上がります。

どんなに正しい理論でも、この図式になる可能性はありますが、
注目したいのは、目的です。

持論を証明したい訳でも、広めたい訳でもありません。
他人を試す目的です。

他人を試すというのも、建前を含んでいて
凡人を作り、見下すことで
間接的に自分は有能であるという、イメージを保つ目的だと言えます。

ここまでが罠の部分です。

罠から抜け出す方法

不調というのは状態であって、
必ず変化するものとお話ししました。

誰でもイライラしたり、
短気になったりするように、
起こり得ることです。

やったらダメ、もう終わりという訳ではありません。

不調時にありがちな行動をとっていると、認識すれば良いのです。

自分を責める必要もありません。

別の記事でもお伝えしましたが、

このタイプの人は、
自分を観察するだけで改善できます。

普段目を向けていない、感情面を観察し
認識することが大切です。

まずリラックスして頭の回転スピードを落としましょう。
頭の速い回転は論理的思考には役立ちますが、
感情を認識したり、ストレス軽減の目的には不向きです。

深呼吸して身体の力が抜けていくのを、
体重を感じましょう。

身体の感覚を考えるのではなく、
感じるとリラックスしていき、
頭の回転スピードを抑えられます。

その後、感情面を見つめていきましょう。

感情を表現するのは
弱さを晒す行為ではありません。

感情=バカ
でもありません。
人間は知識やロジックだけで構成されていません。

自分の感情を認めてあげる中で、
自分への理解が深まり、また好調時に向かって行けます。

考えすぎて行動できない人は本来、
なぜ?を追求できるという良さがあります。
多くの人が大人になるにつれ忘れてしまう、疑問を持ち続けられます。

興味を惹かれたら、辛抱強く取り組めたり、
新しい解釈を見つけられるという良さもあります。

自分への理解が深まったら、
新しいチャレンジも良いかもしれません。

今の環境が自分には小さくなり、
何か新しいチャレンジを求めている。
でもそれをした結果、
他人の介入が入ってしまう恐怖が、
ストレスの原因だったかもしれません。

そういう場合は、
今まで避けていた

  • 専門性を持ちながらも、自分がリーダーになる
  • 人を頼ってみる
  • 気持ちを人に伝える

などのチャレンジが良いと思います。

この記事が不調時のサインに気づく、
きっかけになれたなら幸いです。

読んでくれてありがとうございました。
YouTube版もありますので、よければ観てください。
https://youtu.be/cYlgMvxAGXk

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